ポップキャンディ クリスマス

楽しみ方いろいろ

ポコぬりえ&工作かわいいぬりえや工作のコーナーだよ!お子さまから大人までレッツチャレンジ♪ペコ

商品紹介

ポップキャンディの生い立ち

誕生当時はバラ売りもされていて、価格は1本5円でした。

1本10円に。これは、子どもたちが自分のお小遣いで買えるようにとの思いで設定された値段です。ストロベリー、オレンジ、レモン、バナナの4つのフルーツフレーバーから選べるのも人気の理由でした。家庭用には、1本多く入った袋詰めが好評。家庭の常備おやつとしても浸透していきます。「おやつの人気者! 食べやすい棒つきキャンディ」というキャッチフレーズで、ますます気軽に親しまれる存在に。

お得な袋詰めは「ポップキャンディ袋」、バラ売りは「プチポップキャンディ」と、商品名が分かれます。

「プチポップキャンディ」が「10円ポップキャンディ」に改名。バラのキャンディは、DPと呼ばれる、プラスチック製の透明な容器に入って販売されました。今もちがう形で受け継がれています。
このころ、キャンディの形が、丸形から楕円型に変わっています。より食べやすい形へ改良したのです。

「牛乳ポップキャンディ」(15本入り)が仲間入り。
ロングセラー商品としてすっかり定着した「ポップキャンディ」ですが、進化はとまりません。

むし歯になりにくいサンフェノン入りが誕生。フレーバーはストロベリー、オレンジ、グレープ、メロンの4種類でした。

ストロベリー、オレンジ、グレープにピーチのフレーバーが仲間入り。キャンディには動物の形をしたレリーフが入り、見て楽しめるように工夫しています。緑茶ポリフェノールを配合した歯にやさしいキャンディとしてバージョンアップ。

POPCANDY 55th Anniversary

発売55周年を迎えたポップキャンディ。55周年を記念してキャンペーンを実施しました。
6月6日を「不二家ポップの日」に選定したのもこの年でした。

人気のストロベリー、オレンジ、グレープ、ピーチのフレーバーや、歯にやさしい緑茶ポリフェノールはそのまま、2本増量して22本入りになりました。
中のキャンディがよりよく見えるようにパッケージデザインを変更し、レリーフが動物形からグー・チョキ・パーとハートの形になりました。

ポップキャンディの秘話

「ポップキャンディ」 が産声をあげたのは、1954年(昭和29年)の神奈川県・鶴見工場。そう、今から50年以上も前の出来事です。当初は、スティックをさす工程も、型押しや包装もすべて手作業。機械化量産を一刻も早く成功させて、多くの人に喜んでもらうことが急務でした。

そんな折、“棒付きキャンディ”ならでは難題が重なります。というのも、最初の「ポップキャンディ」の棒はプラスチック製だったのですが、お子様への安全性を考えて紙製に変更することに。つまり、“量産”と“紙スティックへの変更”…この2つを両方クリアするにはどうしたらいいのか、試行錯誤が始まったのです。

アメリカン・テイストをいち早く日本に広めたことで知られる不二家は、海外の企業から紙スティックの自動機械を導入。現地から技術者を招いて四苦八苦を続けます。ところが、努力もむなしく、海外からやってきた輸入機械は、日本の気象条件ではちゃんと動いてくれません。温度や湿度の調整が難しくて失敗の連続。機械は故障ばかりするし、不良品も大量に続出しました。そんな中、技術者は帰国してしまい…。

しかし、「ポップキャンディ」のファンのためにも、あきらめるわけにはいきませんでした。さまざまな協力を得て、改良への努力と国産機の開発を続け、ついに、紙スティック付きのポップキャンディが量産できる体制が整ったのです!

「ポップキャンディ」の生産は、鶴見工場から平塚工場(神奈川県)、岩手工場へと移行。1963年(昭和38年)には、本格的に生産がスタートします。

1975年(昭和50年)には、当時最新のマシンを2台導入し、キャンディのカッティング、型抜き、仕上げなどがオートメーションで一度にたくさん作れるようになりました。現在は、不二家の菓子工場の中でも一番大きい神奈川県の秦野工場で作られています。

1975年当時の秦野工場ポップキャンディライン。