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ERIKO&ペコちゃんの旅~ERIKOさん&ペコちゃんが訪れた世界の国の文化や習慣をご紹介~

このコーナーでは、ERIKOさんとペコちゃんが一緒に旅をした、世界の国々の文化や習慣をご紹介しています。

ERIKO(エリコ)さんのプロフィールはコチラ

アルゼンチン編Vol.2 「アルゼンチンで日系の人たちに出会ったよ!」

 ERIKO&ペコちゃんの旅、今回もアルゼンチンの旅が続きます。
 日本から飛行機で約30時間もかかる南米アルゼンチンですが、実際の距離とは反対に人々はとても親日的で、日本を身近に感じてくれています。
 アルゼンチンには現在約35,000人の日系人が暮らしており、お祭りや盆踊りなどの日本の行事も行われています。

アルゼンチンのイメージ

 中南米には、世界で一番大きな日系社会があります。
 どうしてこんなに遠く離れた地に、多くの日本人が移り住んだのでしょうか?

 今の日本からは想像しにくいかもしれませんが、高度成長期前の日本は大変貧しい国で、多くの人々が出稼ぎ労働者として国外へ移住していました。
 当時、日本よりはるかに豊かだった南米にも、大勢の日本人が移り住みました。
 日本人が南米一の富裕国だったアルゼンチンへ渡ったのは1908年頃からで、特に沖縄と鹿児島からの移民が多かったと言われています。直接の移民以外にも、ブラジルやペルーなどの近燐の国に住んだ後に、豊かな生活を求めてアルゼンチンへ移住し直す日本人も大勢いました。
 こうして、アルゼンチンの日系社会が形成されていったのです。

 第二次世界対戦が始まってからしばらくの間は中立を保っていたアルゼンチンですが、大戦末期の1944年から日系人の集会や日本語教育、新聞発行等を禁止するようになり、財産凍結までも行われ、それは終戦翌年の1946年まで続きました。
 このような過酷な状況の中でも日系人たちは、いつかアルゼンチンを自分たちの故郷と呼ぶことができるようにと、アルゼンチン社会に溶け込む努力を続けたのです。
 戦後、日系人の社会的地位は向上し、多くの人が大学以上の教育を受けて、将来に多くの選択肢を持てるようになりました。今では日系人が多方面で活躍し、国家に大きく貢献しています。

 今回、私とペコちゃんは、首都ブエノス・アイレスの中心街にある日系人の学校“日亜学院”を訪問させていただきました。

 幼稚園から中高等部までの子どもたちが通う日亜学院は、子どもたちが日本語を忘れないようにと、移民たちによって設立された日本アカデミーです。そこには子を持つ移民たちの「いずれ日本へ帰る」という願いが込められていました。
 日亜学院の前身” ブエノス・アイレス日本人会附属日本語教習所“が設立されたのは、1927年のことでした。1938年にアルゼンチンの公教育機関として認められたものの、1945年、第二次世界大戦の影響で一時的に閉鎖を余儀なくされました。それでも日系人たちは諦めることなく日本語教育を続け、1984年には再びアルゼンチン文部省が認めるスペイン語・日本語学校として再スタートし、今に至っています。

 今アルゼンチンでは、唯一日本語教育を必修としている日亜学院が、とても人気を集めているんです!
 驚いたことに、今や生徒の70%以上が非日系人とのこと。
 アルゼンチンの人たちは日本のアニメ、文化、武道への関心が高く、自分の子どもにも日本人のような礼儀正しさや勤勉さを身につけさせたい、と考えている方が増えているようです。

みんなミルキーが大好きになってくれたよ!”ペコより”

 校内は活気に溢れていて、廊下ですれ違うとみんな元気に「こんにちは!」と、流暢な日本語と素敵な笑顔で出迎えてくれました。
 売店ではおにぎりや焼きそばなどの日本食が売られていて、生徒たちに大人気の様子でした!私はおにぎりを食べてみましたが、日本のお米が使われていて、とってもおいしかったです。
 空手や柔道のクラスもあり、まるで日本の学校へ来たような気分になりました。

生徒たち

 アルゼンチンの人たちは甘い物が大好き!朝ごはんはアルゼンチンの代表的なお茶である“マテ茶”と、甘いパンやクッキーを食べるのが定番です。
 ミルキーとペコちゃんは、アルゼンチンの子どもたちにも大人気でした。始めは少し緊張気味だった子どもたちとも、日本からのおみやげとして持参したミルキーのおかげで、一気に打ち解けることができました。

 日亜学院では、スペイン語、日本語、英語が必修言語です。日頃から多文化に触れながら成長していく、日亜学院の子どもたちの将来が楽しみです。
 いつか日本に来てくれる日が来るかもしれませんね。

 次回も引き続き、アルゼンチン編をご紹介します。お楽しみに。

ERIKO(エリコ)

モデル・定住旅行家

鳥取県出身。東京コレクションでモデルデビュー。高校在学中、語学留学のためイギリス、アメリカ合衆国に滞在。高校卒業後、イタリア、アルゼンチン、ロシア、インドで語学習得のための長期滞在をきっかけに、様々な土地に生きる人達の生き方や生活を体感することに興味を抱き、スペイン語留学で訪れたアルゼンチンでの生活をきっかけに、ラテンの地と日本の架け橋になるという目的を持って、2012年から1年4ヶ月をかけて中南米・カリブ25ヶ国を旅する。現在モデルと並行し、「定住旅行家」として、世界の様々地域で、現地の人々の家庭で暮らすように旅を続け、人々の生活や生き方を伝えている。NEPOEHT所属(モデル)であり、雑誌、CM、企業講演、トークイベント、国内外TV、ラジオなどメディア出演多数。著書に「暮らす旅びと」(かまくら春秋社)。また、内閣府平成28年青年国際交流事業の効果検証に関する検討会委員。観光庁「若旅★授業」講師。とっとりふるさと大使。米子市観光大使。国際協力機構JICA「なんとかしなきゃ!プロジェクト」著名人メンバーなども勤める。

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